掩体壕1

掩体壕2

日本は昨年終戦70周年を迎えました。

第二次世界大戦(大東亜戦争)は日本全土に大きな悲しみを与えました。しかし終戦を迎えると同時に平和への祈念と復興への勇気をもたらし、今に至っては世界でもまれに見る平和国家の道を歩む指針を与えました。

今回の旅行ニュースは、日本統治時代のまさに大東亜戦争の遺跡を川根本町の方たち11名で訪ねた台湾レポートです。

台湾東北部に位置する「宜蘭市」(ギーラン)は、台北からわずか40分の街で現在は温泉が湧きでる街として人気の観光地となっています。そしてこの地は70年前には神風特別攻撃隊が出撃した航空隊があった場所として知られています。

宜蘭温泉街

当時、宜蘭には北・西・南の3本の滑走路があり、それぞれ陸軍第八航空師団や海軍第二○五海軍航空隊によって運用されていてそうです。
現在は北と西は痕跡を見ることは出来ませんが、なんとか南飛行場だけが最近まで当時の姿が想像できる程度に残っています。
 

飛行場遠景

飛行場跡
 

南飛行場の周辺には、現在でも八角形の管制塔や廃屋となった軍事施設、掩体壕(えん
たいごう)と呼ばれるゼロ戦の格納庫が6つ残されています。

そのうちいくつかは手が入れられて資料館のようになっていますが、今回は昭和20年
5月に出撃した第十七大義隊のあった格納庫に行きました。
南飛行場と違い当時を思わせるものは何もありませんでしたが、南国の草に覆われた滑
走路らしき跡とゴミ捨て場になった格納庫が残されていました。

当時二十歳そこそこの若者が、帰りの燃料も積むことなく、国を守るために悲しみを胸
に秘め飛び立った場所が今ではゴミ捨て場・・・。
日本も過去の大戦遺物として撤去された施設は数多くなりますが、あまりの状況に一同
閉口してしまいました。
現地の人達が手頃な大きさのゴミ捨て場と思うのは判らなくもありませんが、これは酷
すぎる。
日本も戦後70周年と各地でイベントが開催され平和社会を声高に叫びましたが、当
時日本が統治していた責任と、70年前に若き特攻隊員が秘めた想いを忖度して何とか
ならないのかと思ったのは私だけではないでしょう。

その夜、一人宜蘭の温泉に浸かっていると、遠くから神風特別攻撃隊のゼロ戦の爆音が
聞こえた気がした。