新茶の季節到来

新芽

新茶の季節到来

茶文字(粟ヶ岳)

昨年の荒茶生産量が鹿児島県に抜かれ全国2位に転落したと大騒ぎになった静岡県。
以前から判ってはいても実際数字を突きつけられて初めて1位と2位の差を思い知らされたのだろう。
むかし民主党政権時代の「事業仕分け」で、スパーコンピューターに関して蓮舫議員が発した「2位じゃダメなんですか?」というセリフが物議をかもしたことがあったが、私自身も「ダメに決まってるじゃん!」と思ったのは事実。
しかしその前後文を聞けば「2位になったらその価値自体が下がるのか?」との意図だったことが判る。
政治問題報道でよくあることだが、流れ全体の一節(一部分)だけを抜いて独り歩きさせる「歪曲報道」だ。先般の森喜朗前首相による女性蔑視発言も似たようなきらいがある。

1位よりダメに決まっている2位だが、すべてにおいて価値が下がるわけではない。
今回のお茶を例にすると「生産量」が2位になっただけで、商品価値や下がったわけではない。ましてやお茶のクオリティーが落ちたわけでもない。
何も心配いらないと思うのだが、唯一“生産量日本一のお茶どころ静岡”を自慢出来なくなっただけだ。
京都「宇治茶」の生産量はたかが知れたものだが、はなから「量」など問題にしていない。
歴史と名声に裏打ちされた自信は揺るがないしこれからも同じであろう。
同様に静岡も今後品質の良さで勝負するというならば、生産量で鹿児島に抜かれようが右往左往してはいけない。

私は毎日牧之原大茶園の茶腹の中を走って通勤しているが、大都市に挟まれる静岡にあってこんなに美しい風景に出会えることを幸せに思っている。特に今の時期は新芽が伸び、グリーンの茶畑の奥に富士山や駿河湾が見えた時は車の窓を全開にして走る。

「鶯(うぐいす)も うかれ鳴きする 茶摘みかな」(俳人・小林一茶)

歳時記によると茶摘みの季語は「春」。新茶の季語は「夏」。
春の茶摘みから、江戸で新茶を飲むことが出来るようになるまでの昔の物流の大変さとお茶の需要を考えてみた。
それほどまでに珍重されたお茶である。時代は変わろうが「価値」は変わらない。
生産量は2位でもいいんです!!