散り桜
散り桜

 🎶 春の~うららの~ 新野川~ 🎶
と鼻歌を歌いながら近くの田園風景の中をウォーキングした。
 我が庵のある町一番の繁華街から、徒歩5分で写真のような風景に出会うことが出来る。
まるでニューヨークのタイムズスクエア―からアイダホ州ボンネビルに来たかのようだ。
 先日人間ドックでメタボ判定された私は意を決してウォーキングを始めたのだ。
意を決したのはこれで7回目。子供のころから何度挫折しても再挑戦する意志の強さには自信がある。家族から煙たがられても決してタバコをやめることをせず、加齢臭を咎められてもフェロモンだと言い張り、何度酒に酔って失敗しても、二日酔いで死にそうな苦しみにあっても乗り越えたことが意志の強さを証明している。

 私にとって片道5分のかなりハードなウォーキングなのだが、自宅を出てすぐに近所の方から
「天気がいいから散歩もいいね~!」
と声を掛けられた。第三者からすれば「散歩」に見えるようだ。
憤慨した私は自宅に戻ってすぐに家内に事の顛末を話したところ
「え?徘徊じゃなかったの?」と言われた。

人間はとかく自分の杓子定規で物事を判断する。
コロナに対する対策や政策も多角的に見れば各所で頑張っていると思うのだが、どこで刷り込まれた情報かも忘れてあたかも自分の考えのように意見する。
 そして人の心は移ろいやすい。

 昨年の同時期は桜は咲けども静かな花見を強いられた。そして1年後の今年も桜は何事もなかったかのように満開に咲き誇った。
「散る桜 残る桜も 散る桜」
私は桜吹雪の中を徘徊…いや散歩しながら一年の出来事を振り返りつつ「変わりゆくものと変わらないもの」をぼんやりと考えながら、散りゆく桜と春を楽しんだ。