ブロードウェイと聞いてまず思い浮かぶのはニューヨークのマンハッタン。次にミュージカルではないでしょうか。
 しかし今日ご紹介するのは上海にあるブロードウェイマンションホテルとその界隈。上海に旅行に行ったことがある方でもあまり知られていないホテル&観光地です。

ブロードウェイマンションと外白渡橋

ブロードウェイマンションと外白渡橋


上海は日本にとって中国の玄関口なのですが意外と歴史は浅く、中国お得意の何千年の歴史的建造物などありません。そのため上海での観光は古くても100数十年前に建立された寺院や庭園になります。しかしアヘン戦争以降のフランス、イギリス、アメリカ、日本の「租界」が次々と開かれ“魔都”などとも呼ばれていた時代の建造物は必見で、バンド(外灘)と呼ばれる黄浦江西岸にある19世紀(1800年代)後半から20世紀(1900年代)前半にかけての西洋式建築物は東洋のパリと呼ばれた時代の面影を残す観光スポットになっています。
フォトウエディングinガーデンブリッジ

フォトウエディングinガーデンブリッジ


約1Kmに渡る外灘西洋式建築群の北端、呉淞江(ごしょうこう)に架かる橋『ガーデンブリッジ(外白渡橋・がいはくときょう)』は1907年に架けられ、日本統治時代には外国人の通行が禁止されたと言われる有名な橋です。現在はフォトジェニックな場所として上海の若者たちのフォトウエディングの撮影場所にもなっています。
アスターハウス(浦江飯店)

アスターハウス(浦江飯店)


そのガーデンブリッジを渡った右手にあるホテルが1846年に建てられ、中国初の西洋式ホテルであり、上海初の西洋式レストランがあったアスターハウス(現・浦江飯店)。
このホテルは当時東洋一のホテルと言われ、中国大陸を追われることになった国民党の蒋介石が大陸での最後の晩餐を取ったことでも知られています。1970年~90年代には文化大革命の影響で荒れ果て、世界各地から来たバックパッカーたちが集まるドミトリーのようになっていましたが現在は改修され3☆ホテルとして営業を続けています。
ブロードウェイマンションと外白渡橋

ブロードウェイマンションと外白渡橋


ブロードウェイマンション入口

ブロードウェイマンション入口


そして道を挟んだ向かい側にそびえる建物が『ブロードウェイマンション』。1934年に完成した19階建てのアールデコ様式(装飾美術式)の建物は、マンションと呼ぶだけに当初は高級住宅(アパート)として建てられ、東洋一背の高いマンションであったといいます。
 その後すぐに起こった日中戦争や第二次上海事変によって日本軍の占領下に置かれた結果、ブロードウェイマンションの5階に「アヘン取引事務局」が設置され、当時上海に数多くあったと言われる公認アヘン吸引所のアヘンはすべてこの事務局を通さなければ購入できなかったと伝えられます。
 このマンションが最後に日本で有名になったのが、ロッキード事件で起訴有罪判決を受けた日本のヤクザ、右翼団体、A級戦犯であった児玉誉士夫(こだまよしお)が日中戦争時代に10年近くを過ごしたと公判で知られた際でした。
 歴史に翻弄されたブロードウェイマンションも、1996年から『ブロードウェイマンションホテル』と名称を変え上海屈指のクラッシクマンションとなっています。
 しかし「ブロードウェイマンションホテル入口写真」をご覧いただくと不思議なことが判ります。入口軒先の上に大きな金文字で“上海大厦”(しゃんはいたいか・上海ビルディング)と書かれているのですが、この名称は1951年~1969年までの19年間だけ使われた名前なのです。
 固有名詞でも外来語でも何でも漢字にしてしまう中国語文化だが、ブロードウェイマンションホテルはどう訳しても“上海大厦”にはなりません。直訳すると“老百滙大街公寓飯店”でなくてはなりません。
 こんど上海を訪問した際に過去の名称を使う理由を聞いてみようと思います。

先にも述べたように上海の歴史は浅く、古い歴史的建造物も自然もありません。しかし私たち日本人が身近に感じ、平和を考えさせられる建築群が上海にはまだ数多く残っています。
そんな普通では知られていない、紹介されない世界各地の観光地(見どころ)をこれからもご紹介できれば幸いです。